Virgil Abloh (ヴァージル・アブロー)がいかに天才か、そしていかにMarcel Duchamp (マルセル・デュシャン)のレディ・メイドに影響されたかを考察したくて始めた連載。

#1:マルセル・デュシャンの影響

#2:建築から受けた影響

#3:「ルールを破る時代」90年代からの影響

今回はその2回目である「建築」をテーマにしたい。

前回、THE TENのエア・ジョーダン1とオリジナルのそれの間には埋められない違いがあるとし、それがレディ・メイド芸術を利用したデュシャンの哲学Inframince (アンフラマンス)であるとした。

アンフラマンスが何であるかは前回説明したので省略させていただいて、今回はその哲学をアブローがどのように吸収したのかをよりわかりやすくするために「建築」を選んだ。

OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH (オフ・ホワイト)のトレードマークであるジップタイ、斜線、クロスドアローを例にして見ていきたいと思う。

ジップタイと◤◢◤◢◤◢◤◢

スニーカー、パーカ、Tシャツ、それにキャップにまでオフ・ホワイトはジップタイを付属させる。

ブランドは「切り離すことを前提に」していて、邪魔な場合は切り離すことの方が多いだろう。反対にTHE TENなどスニーカーであれば、無い方が不自然であったりする。

どちらにせよ「切り離すかそのままにするか」と消費者が二度三度考えてしまうほど、このジップタイには存在感があり、オフ・ホワイトを象徴する「付属品」であることは確かである。

出典: https://theparttimers.co.uk/2017/09/24/a-detailed-look-at-the-off-white-nike-vapormax/

前回お話ししたように、レディ・メイドは「日常にありふれたものの神格化・芸術化」である。

アブローは建築を始め日常のあらゆるシーンで使われるただの結束バンドに、ファッショニスタが大事に考えるほどの神格化された存在感を与えた。

これはまさにデュシャンのL.H.O.O.Qが実現したレディ・メイドである。1919年に製作されたL.H.O.O.Qの存在があるおかげで、一枚のモナリザのポストカードとL.H.O.O.Q raséeは外見上同一であるのに 、その間には絶対的なアンフラマンスが存在していた。

これと同様、工事現場ででも家ででも見かける結束バンドとオフ・ホワイトのジップタイは外見上同じであるが役割が全く違う。

通常結束バンドは何かを縛るために使用されるが、ジップタイはどうだろうか。THE TENを見れば一目瞭然だが、何かを縛るどころかぶら下がっているだけで、本来の用途を失い、デコレーションとなっている。

つまり、

モナリザ———普通の結束バンド

L.H.O.O.Q———「ぶら下げる」という使い方

L.H.O.O.Q rasée———オフ・ホワイトのジップタイ

という構造になる。

オフ・ホワイトの斜線も同じことである。GQのスタイル特化のライターCameron Wolf (キャメロン・ウォルフ)はこう語った。

“Even if the general population doesn’t recognize those diagonal stripes as Abloh’s, if his followers do, then he’s succeeded. Imagine hundreds of thousands of Off-White fans seeing diagonal lines all the time and automatically thinking of Abloh’s label. That’s extremely powerful because it can make the brand seem larger than it actually is.”
「一般大衆が気づかなかったとしても、アブローのファンが斜線をアブローのものとして考えたなら彼の成功と言える。10人に一人が斜線を見た時にアブローのブランドを想起したとしよう。それはオフ・ホワイトが実際よりデカく見られているという点でかなりパワフルだ。」(THE FASHION LAWより)

出典: http://www.thefashionlaw.com/home/virgil-ablohs-off-white-logos-are-everywhere-but-are-they-worthy-of-trademark-protection

これは2016年の記事である。今や10人に一人は「斜線=オフ・ホワイト」の思考回路を持っているだろう。実際筆者はそうだ。かすれた汚い横断歩道線を見ただけでアブローを想起してしまう。

これはデュシャンのL.H.O.O.Qよりもパワフルだろう。

例えばデュシャンのこの傑作を知っていたとしよう。それでもルーヴル美術館でモナリザを見た時に「最初に」デュシャンを考えるだろうか。「最初に」想起するのはLeonardo da Vinci (レオナルド・ダ・ヴィンチ)だ。

しかし今「斜線」を見た時にファッションアディクトが「最初に」考えるのは横断歩道だろうか。グラスゴー空港のトラックだろうか。そんなわけはない。間違いなくアブローだ。

それはブランディングという今時ありふれた言葉の域を超えた、レディ・メイドの芸術に相違ない。

クロスドアローの憶測

先々月インスタグラムのアカウント@diet_prada (ダイエット・プラダ)がオフ・ホワイトのクロスドアローが、グラスゴー空港のロゴに由来していると公表したことはご存知だろうか。

アブロー本人の声ではないので、「そうだったのか」という声とは裏腹に「ひどいこじつけだなあ」と感じるフォロワーもいたようで賛否両論分かれている。

筆者はデュシャンの影響を知っている以上、全くこじつけだと思わない。むしろアブローはそれを利用したと考える。何より建築を学んだ彼がこの空港のロゴの知識も持たず偶然同じロゴを作ったと考える方が不自然だ。

出典: https://vads.ac.uk/diad/article.php?title=216&year=1966&article=d.216.17

このロゴの起源は9世紀にスコットランド系部族のフングス王が定めたSt Andrew’s Cross (セント・アンドリュー・クロス)とされる。

ここで面白いのが、当時斜め十字というものが国旗として非常に珍しかったため、国旗の色を決める必要がなかったという説である。

奇しくも白と黒の間を取った「オフ・ホワイト」のロゴが、当時色を決める必要のなかった国旗に由来しているのだから奇である。ダイエット・プラダの研究が正しかったとして、これが偶然かアブローの意図かはわからない。

とにかく、ジップタイや斜線のようにユビキタス的存在ではないので広義的なレディ・メイドにはなるが、「すでに存在しているものに自分の芸術を込める」という点ではまさしくそれである。

建築が彼に与えた影響はかなり大きい。そして誰もが知っているものをブランドに使いたかったことを彼は公言しており、そこにデュシャンのレディ・メイドが影響していることは明らかである。

それがどのようなものか、漠然としたコメントもある。それでもその影響がどのように機能しているのかは語られていないので今回考察してみた。

次回、連載最後のテーマは少しデュシャンから離れたものになるだろう。

#1:マルセル・デュシャンの影響

#2:建築から受けた影響

#3:「ルールを破る時代」90年代からの影響